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2019年06月11日

令和の今こそ知りたい!平成の名車
20セルシオ【短期連載⑦/8回】

平成から令和へ。例え時代が移ろっても、名車は名車であることに変わりない。そこで、不定期連載で、平成という時代を彩ったセダンを独自の視点で解説していく。

20セルシオ【平成6年10月DEBUT】

「継承と深化」をテーマに開発が行なわれた20セルシオ。このクルマが最も重視していたのは、プレステージセダンとしてほぼ完璧な完成度に近かった10系の唯一のウィークポイントである、リアシートの居住性だった。

それ以外、基本フォルムやパール2トーン、グレー2トーンのボディカラーに至るまで、10系のコンセプトがとことん踏襲されていた。

とかく爆発的ヒットモデルのフルチェンジというのは難しいモノで、セルシオの場合、法人需要も多いことから、いきなり大胆なデザイン変更は控えるという考え方は分からなくもない。

が、しかし、20前期はその限度を超えていたようで、エアフロメーターやエキマニの変更などでパワーが5馬力上がっても、グローブボックスが大口一段から上下2段式になっても、見る人によってはホイールベースがちょっとだけ(35ミリ)伸びた10系としか思われなかったのだ(実際、全長、全幅は初代と同サイズ)。

しかし、そんな外野たちは97年7月28日の朝刊を見て顔色を変えることに。「その世界的価値」のコピーが入った15段広告に映っていたのは、精悍な丸型4灯ヘッドライトを備えた後期セルシオの姿だった。

しかも、そのライトにはレンズカットがなく、フロントグリルも独立したデザインが採用されるなど、エンブレムを見て、初めてセルシオと認識できるほどのイメチェンぶりであった。

このあまりにドラスティックなマイチェンにより、ユーザーの間ではボンネットやトランク周りなどをゴッソリ入れ替える後期仕様ブームが勃発。中でもポイントとなったのは、テールレンズとナンバープレートとの間を横切るプレスライン。パーフェクトな後期仕様を目指すユーザーの中には、このラインを鈑金で作る猛者も現れた。

また、当時高級車では敬遠されていたブラック内装をメジャーシーンに押し上げたのも20後期で、このクルマ以降、中古車市場では黒革・サンルーフ・マルチを表す、「3点セット」という言葉も一般的に使われるようになった。

逆風吹き荒れる中でスタートを切った20セルシオだが、終わってみれば初代のジャスト5年に対し、半年以上長い5年8ヶ月というモデルライフをまっとう。

後に続く30系と比べてもその差は1ヶ月程度と、文字通り、結果オーライの評価を獲得。生産を終えてから長年経過した今でも、その姿を街中で見かけるほどの人気車となっているのは周知の通りだ。


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