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2018年04月11日

【歴史コラム】世界が認めた日本の高級車〜10セルシオ〜

大好評の歴史コラム。第3回目となる今回は、1989年10月にデビューした10セルシオ。平成という新時代の幕開けは、国産車の国際化の幕開けでもあった。その象徴がセルシオで、クラウンの「豪華幕の内弁当」的高級感に親しんできた日本のリッチ層は、フォークとナイフで食べる極上コース料理の出現に大いに戸惑ったのだった。

初代LSであるLS400が発表されたのは、89年のデトロイトモーターショー。アメリカ自動車産業の中枢で産声をあげた日本の新しい高級車は、たちまち世界中から注目を集め、9月に正式発売されるや記録的なヒットに。その評価はヨーロッパにも飛び火。自動車メーカー各社はLSを複数台購入し、静粛性や品質の高さを検証すべく車体をバラバラにしたと言われている。LS400が世界に与えた影響は、それくらい大きなものだった。

では、日本のお父さんへの影響は? これは意外と淡白なモノだった。LS400がセルシオの名で国内発売を開始したのは89年10月。帝国ホテルで行なわれた発表会では、プレスに対しジャケット、ネクタイ着用での参加が伝えられ、ステージでは大楽団の演奏会が催されるなど、まさにバブリーなスタートを飾った。しかし、長年「いつかはクラウン」をカーライフのゴールに見据えていたお父さんたちは、その外車のような佇まいに当初、大いに戸惑いを覚えた。

 

 

内装についても然り。それまでの「色んなモノが付いてまっせ! シートもフカフカ!」というノリとは真逆。素材やチリ(間隔)合わせなど生産クオリティはクラウンの比ではなかったが、見た目は至ってシンプルで、人によっては物足りなさすら感じられた。やはり、お父さんたちの好みはクラウンの分かり易いゴージャスさであり、シーマの豪快な加速感だったのだ。

だが、そんな先入観も束の間。いざ走らせてみるや、新開発の4リッターV8がもたらす滑らかなパワー感、上質な乗り味の足まわりなど、あらゆる面で従来の水準を飛び越えたクルマであることが分かると評価は一変。たちまち「最後はセルシオ」という新たなゴールとしてのポジションを確立した。

 

 

もちろん、ドレスアップ界に与えたインパクトも絶大で、同年にデビューしたR32GT‐Rがチューニング界の裾野を大きく広げたのと同様、セルシオも数々のアフターパーツメーカー誕生の起爆剤となり、第一期VIPセダンブームはより過激さを極めて行った。

そこでは恐らく、膨大な数の10セルシオがベースとして用いられたハズだが、時は流れ、今や街中で出会うことはごく稀。時折、中古販売店の片隅で激安プライスボードを掲げた姿を見かけると少々寂しい気持ちにもなるが、このクルマが国産車として世界で初めて「一流」と認められた名車だという事実は、これから先も変わることはない。

 

内溝式(世界初)のキーをひねると最初に針が浮かび上がるオプティトロンメーターも、セダンファンの憧れの装備だった。

 


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